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最高裁判所第三小法廷 昭和22年(れ)331号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人安田進提出上告趣意書第一點は「一、前審判決は刑事訴訟法第三三四條第一項を無視し絶對的に辯護人を要する事件に付、之なくして公判を開廷し審理を爲したる違法あり。即ち前審たる大阪高等裁判所は昭和二十二年八月四日何等辯護人の出頭したる事実なきに被告人宮本春男に對する公判を開廷同被告人に對し氏名年齢職業住居本籍出生地を問ひたる上、被告人は中華民国の国籍を取得する爲めに国籍登録の手續をしたかと問ひ、国籍取得の手續をして居ない旨の答を受くるや、すると日本の裁判所で裁判を受けることになるが異議なきかと問ひ、異議なき旨を答ふるや之を調書に記載せしめたるものなり。二、法が重罪事件に辯護人の立會なくして開廷することを得ざる旨規定したるは弱き被告人個人の利害に影響するところ甚大なるにより裁判に通ずる者をして必ず立會はしめ被告人に防御方法を講ずることに遺憾なからしめ之が利益を保護しつゝ裁判の適正化を期したるに外ならず。右は一見事実の審理を爲さざるが如く見ゆれども国籍取得の手續の有無裁判を受けざるの權利抛棄の如きは明に充分なる法知識なくしては之が発言を爲し得ざるものにして、かかる審理にこそ辯護人の立會を絶對に必要とすべきものにして、犯人の身分犯罪の成否、裁判權及ぶか否か等は重要性に於て犯罪事実に對する取調べに立會ふ必要と何等撰ぶところなし。本件は豫審を經たる事件にして右公判に至る迄の勾留拘禁日數は甚だ多く国籍取得手續の如きは右勾留中初めて爲すこととなりたるものなるべく中華聯盟、親族等他人に於て便宜之を代理国籍取得手續を爲し居るやも知れず、或は被告人が忘却したるやも知れず。要するにかかる被告人に對する裁判權あるや否やの如きは絶對に看過するを許されざる最も重大なることにして之の點に對する公判廷の訊問に辯護人の立會なくして漫然開廷無智なる被告人の供述を得て以て右に對する疑問を解決したりと爲すが如きは必要辯護を規定したる趣旨を全く滅却したる不法のものと斷ぜざるを得ず。前審裁判所は何の必要ありて辯護人の決定もなきに被告人を召喚し開廷したるや其の真意を解するを得ず。尚右公判に於ける取調べを其の後に於て繰返し再審理を爲したる事実もなし。右は辯護人選任以前なるを以て辯護人は全く之を知らざるものと思はる。尚右違法は判決に影響あり。」というにある。

記録を調べて見ると原審は昭和二十二年八月四日被告人宮本春男について第一回の公判を開廷して居る。同被告人に對する本件被告事件は辯護人の立會無くしては公判を開廷し事実の審理をすることは許されない事件であるが右第一回の公判において辯護人の立會が無かったことは論旨のいう通りである、しかし該公判において爲された審理の範圍は上告理由書に書いてある丈けのことで犯罪の実體についての審理は何も爲されて居ない。而して第二回の公判においては辯護人立會の上被告人の人違でないかどうかの點を初めとし犯罪の実體に付き完全な手續を以て缺陥のない審理證據調が爲され此第二回公判の審理に基いて判決は爲されたので第一回の公判は全然無意味無用のものだったことがわかる、かかる無用な手續において辯護人が立會わなくてもそれによって被告人の利益が害せられる惧は少しもないから之れを以て原判決を違法のものとすることは出來ない、蓋法が辯護人の立會を必要とした趣旨は一つに被告人の利益の擁護を全うするにあるからである、論旨においては第一回の公判で被告人が日本の裁判權に服することを承諾した點について重大な意義がある様にいって居るけれどもそれは誤である、被告人が右の樣な陳述をしてもそれは法律上何の効力も無いものでそれによって初めて日本が被告人に對する裁判權を取得するものでもなければ又被告人もそれによって何等の拘束を受けるものでもない、本件の樣な事件においては外国人であることの證明がない限り日本の裁判所は裁判を爲し得るものであり又被告人は右の樣な陳述をした後でも何時でも国籍の登録を受けることによって當然日本の裁判權を失はしめることが出來るものだからである、論旨は理由がない(その他の上告論旨及び判決理由は省略する)

以上説示した樣に本件上告はいずれも理由がないから刑事訴訟法第四百四十六條に從ひ主文の如く判決する。

以上は當法廷裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

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